#cycling #ciclismo
www.ciclografias.com http://ift.tt/2kHtpBZwww.ciclografias.com http://ift.tt/2kHtpBZ
さらにこちらでは
“サイゼ社長の文庫本、薄いし淡々としてるんだけど端々に凄みがある。「売上高では店長を評価しないし目標も掲げさせないよ、近隣店舗開店や道路工事も関係してるしそれコントロール不能でしょ(意訳)」「評価するのはコントロール可能な数字(意訳)」で、これ割り切れるだけで常人じゃない。 もちろん心構えの類も書いてるんだけど、目標や設定、検証を具体的にやろうとしてて、参考にしようと思えば滅茶苦茶参考になる、と思う。 正垣泰彦『おいしいから売れるのではない 売れているのがおいしい料理だ』。ほぼエッセンス詰め詰めで200pちょいしかない。”
— 祭谷一斗さんのツイート (via conveniitekuru)
政治は結果がすべてだ。安倍総理はそれを実践してきた。沖縄に寄り添う風をして混乱させただけの鳩山とは違う。安倍政権で返還された沖縄の米軍用地は歴代内閣で最大なんだよ。
○基礎知識
・「冷凍」=「時間が止まる」。正常な状態で冷凍されたなら腐ることはない。
ただし数ヶ月~年単位の保存ならだんだん味は落ちてく(霜や冷凍焼けで)。
扉のポケットなど温度の高くなる部分では痛む場合もある。
・米は腐らない。期限無し。虫が湧いても洗えばOK。カビてたら考えよう。
・野菜に期限無し、腐るまでは食べられる。
・砂糖・塩は永遠にOK。
・蜂蜜は期限無し。固まっても湯煎で溶かせばOK 。
・小麦粉、片栗粉、米粉、白玉粉は期限無し。湿気てなくて、虫・カビによる変色がなければOK。
・油は密封されてれば期限無し。腐らないが酸化に注意。
・バター、マーガリンも期限はあってなし。変色は酸化でなく乾燥。食べても平気。
・今の梅干、ベーコンは減塩で作られているので保存食にあらず。
・「賞味期限」「消費期限」は食品加工・製造業者によって、商品等に対してつけられる物です。
一般人の手作り品には賞味・消費期限そのものがないので、それを聞かれても答えられません。
・未加工の生鮮食料品(原形の野菜・果物・魚介類など)には、賞味・消費期限が設定されていません。
消費者が自分で食べられるかどうか判断してくださいと言うことです。☆ここは質問スレではありません。まずは自分の五感をフル活用して食えるか否か確かめましょう。
2008-03-14 (via gkojay) (via jinon) (via hyasuura) (via rioysd) (via reretlet) (via hazime1373) (via takeori) (via mizushike) (via takojima) (via azazel-kode) (via nekonomi-note) (via puruhime) (via ibi-s) (via c610) (via oatmealed) (via azurun) (via jumitaka) (via precall) (via skaholic) (via aobouzu) (via 908908) (via precall) (via bulu) (via diegoro) (via etecoo) (via shinoddddd) (via makeitbetter999-blog) (via we-will-win) (via gkojay)
自分を百獣の王だと思い込んでいる男の子。
おなかが空いたら、自分のたてがみ(ポンデリング)を外して食べる。無くなったら、しっぽが膨らんで新しいポンデリングが出来る。
生まれてからずっと、ポンデリングしか食べたことが無い。
ベヘリット
人間の眼・鼻・口のレリーフが乱雑に配置された、卵型の物体。
ベルセルク (漫画) — ja.wikipedia.org
この乱雑な配置って言葉が超素晴らしい。
オリジナリティと、創造性とはこういうものだと思う。オリジナリティは存在する。すべては模倣とコピーであるが、それでも創造性は存在する。創造的な模倣と99.9%の普通の模倣を分けるのは創造的な見立てで、其のテストとしては「再利用可能だがその再利用した結果は必ずオリジナルと似ておらず、また素晴らしい」というものになる。
乱雑に配置する、は手法として再利用可能だけど、創造性に乏しい芸術筋の人間とか普通の人間にはメタにこういう方法にたどり着くことはとてもむずかしい。乱雑に配置してみるという筋肉運動は思いつけば誰でも試してみることができるが、思いつくためには、乱雑ではなく配置することについて詳しいか(通常の模倣をしているか)、それについて様々な創造的な事物をみて「これは意識的に乱雑に模倣されている」ということを見て取っていなくちゃいけない。
オリジナリティはほぼ低粒度の模倣が実現する。
コネクティングザドッツ学みたいなことやってる。コネクティングザドッツとか創造的じゃない人がいってるとゾッとするのだけどそれは「マネててもいい」とかになりやすそう。ジョブスはロジカルに創造性を獲得する方法を提供しているが、代わりに身投げのようなブラックな投資を要求してる。くわえて創造性がないと創造的な細部を備えるつぶや見つからない。
人の脳、というか普通の脳で天才的だったり創造的な発想ができない理由はだいたいわかってきた。詳しくはもっとちゃんと事業として研究成果としてやるかもしれないので他の要素はおいといて、答えの一つはこうした創造的な細部が得られていることだ。点と点がつながるときにはかならず、適当な学習や、創造性のない人の学習では到達できない、かつ集中した時間等の投資、つまりジェネラリストLevelの投資ではない集中性が必要とされる。ジェネラリストが創造的ではないという話しではない。ジェネラリストに創造性もあって、かつジェネラリストを超えて深く専門家のLevelで、守破離の離れるに至るLevelで、なにか一流の絵画をみて「これは意図的に乱雑に配置されている。おれも意図的に乱雑に配置されたiPhoneを作ってみよう」とかいえるプログラマーじゅないとだめだ。そしてそんな人は数千万人に一人くらいしかいないことがだいたい観察でも演繹でも見えてきた。それで諦めてはいけない。ジョブスあんだけいいこといってしんでるんだから。
ロジカルに再利用可能な分析を定時するつもりである。「細部」とか簡単にいうけどまさに「乱雑な配置」というのはとても具体的な手法である。配置という行為に対してアプローチするときに乱雑さというものを組み合わせるということが可能だっていう判断にはかなりのデザイン作業の習得が必要になる。創造性を伴わない人用に「他の領域のことが」っていうけど実際に領域横断が発生するときには「マンガをつかって広告をしましょう」とかそういうショボくれた領域横断になりやすい。マンガなり芸術なりで1000の創造的な手法を学び取ってる状態でその中から「乱雑な配置してたよなあベヘリットの普遍にある歪みの表現のために。。。。」って乱雑な配置ー>おぞましさの脚色って因果関係が脳に入ってる人たちがいて、はじめて、実はマンガじゃなくて「おぞましさの配置が」ってなる。ジョブスとマックの例ならカリグラフィーの細部のカーブの構成でこういうヤバイ方法があるっぽいわ、がドットバイドットとかの細部でつながる。ジョブスのコネクティングザドッツの逸話では「大枠」でつながるかのようにみえるけどそういうことはほぼありえない。大枠でつなげようとしても創造的なジャンプはない。逆にいえば細部のジャンプをアトランダムに組み合わる方は非常に高いヒット率でイノベーションLevelのことが起こりやすい。非常に高いヒット率といっても1億に1だけど、これは無意識なら可能だし、計算機でも可能。平均的な脳でもこのくらいのことは一生に数会はおこるだろう。だから問題は創造的な細部のつぶを持つことで、そのためには創造的でありつつも没頭して細部があるようなところを修得するということになる。
このネタでここまで書くの異常ですけどいまお仕事でこの研究してるの。
でも創造性のパターンは非常にはっきりとわかってきたよ。
言語がすごい。言語がなければ創造性はおそらくなかった。これについてもその下部実装についてあとで書くけど、言語が可能にしている創造性の範囲というのは人工知能や脳について考えるほど極めて大きい。
(via kthjm)
“tumblrやってる人ってみんな頭おかしいのかなってたまに思うけど、本当はみんな何かしら頭がおかしくてそれが可視化されるのがtumblrなのかもしれないなと最近思うようになりました”
— Twitter / Hamachiya2: tumblrやってる人ってみんな頭おかしいのかなって … (via toshi0104)
大将「宮本さんっていつも 襟付きのシャツ着てるよね。」
宮本浩次「いや、あの、なんかTシャツだと似合うものはいいんですけどね。
なんとなく・・・トレーナーとかもそうなんですけど、
こう、丸首のもの・・・あと何となくこう、顔とバランスが、
・・・着ぐるみきてるみたいに見えちゃうんじゃないかって
そういう心配がちょっとあるんすかね。」
大将「ファッションにこだわりあるの?」
宮本「どうなんすかねー。でもやっぱ、すごく・・・あるんでしょうねー!!
やっぱこう・・・型っていうかこだわりっていうか、型があるんでしょうね!
で、街歩くので勝負してる人っていうのはすごくファッショナブルで、
僕は、コンサートというかレコーディングで、言い訳みたいになっちゃうんですけど、
まっ「歌で勝負」みたいなところもありますんで。
安心感のあるっていうか気が落ち着くものいう風な基準だと思います。
だからもう、黒とか白が増えちゃうし・・・・。安心感なんですよね・・・。」
大将「着物とか浴衣とか着ないの?」
宮本「あの~そういう方(ほう)の研究みたいなもんに入ってっちゃうと、一生かかっても無理なんすよ。
もうだって、もう、みんな洋服だしさ・・・Tシャツだし・・・。
だったら日常生活がすべてその浴衣に合ったものでありたいじゃないですか?
クーラーと暖房・・・の中で浴衣を着てるっていうものが・・・。
だから、ファッションの・・・一環としての浴衣というのはとっても素敵だと思うんだけど
自分で着るのはちょっと・・・
なんか、ちょんまげ結うのとおんなじぐらい抵抗がやっぱ、ありますね。
ハイ。」
大将「まぁそれがこだわりということだね」
宮本「・・・はい・・・」
エレファントカシマシ「宮本の理由」その6【文字おこし】ファッションの理由
>丸首もの着ると、着ぐるみきてるみたいに見えちゃうんじゃないかって
>そういう心配がちょっとあるんすかね。
おもろいw
(via ivorina412)
人は多くの場合「最良の発言」をしようとしてしまい、結局何も言い出せなかったり、不本意に他人に同調してしまったりする。しかし、「若干ましな発言」は容易であり、実際のところそれがその人の「最良の発言」であることは少なくない。したがって、誰かが最初に「糞な発言」をすることは、無能の称号を得ることになるが、チームのアウトプットは最大になることが多い。

