さらにこちらでは
人は多くの場合「最良の発言」をしようとしてしまい、結局何も言い出せなかったり、不本意に他人に同調してしまったりする。しかし、「若干ましな発言」は容易であり、実際のところそれがその人の「最良の発言」であることは少なくない。したがって、誰かが最初に「糞な発言」をすることは、無能の称号を得ることになるが、チームのアウトプットは最大になることが多い。
で。最近、いくつかのブラウザゲームとかソーシャルゲームとか、いわゆる「基本無料、追加課金制」というゲームを試しに遊んでみた。最近様々な方面で話題のジャンルだ。
すぐに感じたことがある。それは、今までのゲームとは、コスト:プロセス:リターンの配分が全く違う、ということ。一言で言ってしまうと、コストとリターンの配分が非常に大きく、プロセスの配分が極端に少ないように思える、ということである。
私が遊んだのは3,4作だけなので、例外も色々あるのかも知れないが。
少なくとも、私が遊んだ幾つかのソーシャルゲームは、例外なく以下のようなコスト:プロセス:リターン構成になっていた。
コスト:かなりの、あるいは莫大な時間。場合によってはかなりの金額のお金。
プロセス:数回のクリック。ブラウザを見て、いくらかの情報を読み取る作業。
リターン:多分色んな達成感と、時には射幸心の満足、時には多分、被承認欲求の充足。
繰り返しになるが、全てのソーシャルゲームがこういう構造になっている訳ではない、のだと思う。多分。
ただ、少なくとも私が遊んだいくつかのゲームにおいて、私は殆ど「プロセスないじゃん」という感想を持ったのだ。私にとっては、「ゲーム本体」というに近かったプロセスという部分が、ほぼ完全に消えうせていたのだ。
