ベヘリット
人間の眼・鼻・口のレリーフが乱雑に配置された、卵型の物体。
ベルセルク (漫画) — ja.wikipedia.org
この乱雑な配置って言葉が超素晴らしい。
オリジナリティと、創造性とはこういうものだと思う。オリジナリティは存在する。すべては模倣とコピーであるが、それでも創造性は存在する。創造的な模倣と99.9%の普通の模倣を分けるのは創造的な見立てで、其のテストとしては「再利用可能だがその再利用した結果は必ずオリジナルと似ておらず、また素晴らしい」というものになる。
乱雑に配置する、は手法として再利用可能だけど、創造性に乏しい芸術筋の人間とか普通の人間にはメタにこういう方法にたどり着くことはとてもむずかしい。乱雑に配置してみるという筋肉運動は思いつけば誰でも試してみることができるが、思いつくためには、乱雑ではなく配置することについて詳しいか(通常の模倣をしているか)、それについて様々な創造的な事物をみて「これは意識的に乱雑に模倣されている」ということを見て取っていなくちゃいけない。
オリジナリティはほぼ低粒度の模倣が実現する。
コネクティングザドッツ学みたいなことやってる。コネクティングザドッツとか創造的じゃない人がいってるとゾッとするのだけどそれは「マネててもいい」とかになりやすそう。ジョブスはロジカルに創造性を獲得する方法を提供しているが、代わりに身投げのようなブラックな投資を要求してる。くわえて創造性がないと創造的な細部を備えるつぶや見つからない。
人の脳、というか普通の脳で天才的だったり創造的な発想ができない理由はだいたいわかってきた。詳しくはもっとちゃんと事業として研究成果としてやるかもしれないので他の要素はおいといて、答えの一つはこうした創造的な細部が得られていることだ。点と点がつながるときにはかならず、適当な学習や、創造性のない人の学習では到達できない、かつ集中した時間等の投資、つまりジェネラリストLevelの投資ではない集中性が必要とされる。ジェネラリストが創造的ではないという話しではない。ジェネラリストに創造性もあって、かつジェネラリストを超えて深く専門家のLevelで、守破離の離れるに至るLevelで、なにか一流の絵画をみて「これは意図的に乱雑に配置されている。おれも意図的に乱雑に配置されたiPhoneを作ってみよう」とかいえるプログラマーじゅないとだめだ。そしてそんな人は数千万人に一人くらいしかいないことがだいたい観察でも演繹でも見えてきた。それで諦めてはいけない。ジョブスあんだけいいこといってしんでるんだから。
ロジカルに再利用可能な分析を定時するつもりである。「細部」とか簡単にいうけどまさに「乱雑な配置」というのはとても具体的な手法である。配置という行為に対してアプローチするときに乱雑さというものを組み合わせるということが可能だっていう判断にはかなりのデザイン作業の習得が必要になる。創造性を伴わない人用に「他の領域のことが」っていうけど実際に領域横断が発生するときには「マンガをつかって広告をしましょう」とかそういうショボくれた領域横断になりやすい。マンガなり芸術なりで1000の創造的な手法を学び取ってる状態でその中から「乱雑な配置してたよなあベヘリットの普遍にある歪みの表現のために。。。。」って乱雑な配置ー>おぞましさの脚色って因果関係が脳に入ってる人たちがいて、はじめて、実はマンガじゃなくて「おぞましさの配置が」ってなる。ジョブスとマックの例ならカリグラフィーの細部のカーブの構成でこういうヤバイ方法があるっぽいわ、がドットバイドットとかの細部でつながる。ジョブスのコネクティングザドッツの逸話では「大枠」でつながるかのようにみえるけどそういうことはほぼありえない。大枠でつなげようとしても創造的なジャンプはない。逆にいえば細部のジャンプをアトランダムに組み合わる方は非常に高いヒット率でイノベーションLevelのことが起こりやすい。非常に高いヒット率といっても1億に1だけど、これは無意識なら可能だし、計算機でも可能。平均的な脳でもこのくらいのことは一生に数会はおこるだろう。だから問題は創造的な細部のつぶを持つことで、そのためには創造的でありつつも没頭して細部があるようなところを修得するということになる。
このネタでここまで書くの異常ですけどいまお仕事でこの研究してるの。
でも創造性のパターンは非常にはっきりとわかってきたよ。
言語がすごい。言語がなければ創造性はおそらくなかった。これについてもその下部実装についてあとで書くけど、言語が可能にしている創造性の範囲というのは人工知能や脳について考えるほど極めて大きい。
(via kthjm)