“コロが6歳のとき、借家から別の借家へ引っ越した。そんな夏の日、夕暮れ前の散歩に出た。多摩川に近いせいで土手が散歩コースだ、私がコロのリードを引いて片道3キロほどジョギングをし、府中四谷橋下のグランドで運動をして、ふたたび走って帰るのが日課だった。その日、私が運動をしている間に対岸で花火が鳴った。子どもが遊んでいるのか小さな音だった。わたしの傍にコロがいるのを感じながら無心に運動を続けていた。 ふと気付くとコロの姿は消えていた。慌てた私は辺りを探し始めた。するとグランドから半キロも離れた場所にリードだけが落ちていた。失踪した場所は多摩川と国道20号線に挟まれた場所だ。「コロ、コロ」と呼びかけながら探し歩いた。次の日からは手書きのポスターを電柱などに貼って回った。自由業のおかげで犬探しの時間はいくらもとれた。捜索が3カ月に渡ったとき、さすがに諦めた。 1年以上も過ぎたある日、わたしが仕事から戻ってくると借家の前に隣り近所の人が集り、「この犬、コロだよね」と糺(ただ)した。それほど犬相が変わっていた。がりがりに痩せた上に背中の毛は抜けていた。だが、わたしが「コロ」と呼ぶと、「キャンキャンキャン」と鳴いてコロであることを訴えた。一時犬好きに飼われていたのだろうか。そして雷か花火の音にまた逃げ出し、放浪を続けたあと、借家の近くに偶然戻ってきて、コロを知る人に捉ったのだ。 以来、コロは私の目のとどくところに必ずいて、こちらの行動を常に見張っていた。広い草原に接した世田谷の集合住宅に引越し、コロにとっていちばん幸せな晩年が訪れた。たくさんの仲間がいて、リードを放して草原を自由に走り回ることができたからだ。こんなことが許されていた時代だった。飼い主たちは酒と肴(さかな)を持ちより、犬たちが自由に遊ぶのを見ながらしばしば宴会を催した。わたしは現代ものを書いていたが全く売れなかった。 あるとき、コロは、草原が都立公園へと整備された散歩場所で突然ストンと腰を落として動けなくなった。動物病院に数日入院したあと、病院から連絡があった。もはや治る見込みはないという。雨がそぼ降る暗い昼下がり、コロを連れ戻る道中、腕の中で小便をもらしながら亡くなった。16歳の誕生日を前にしての死だった。わたしはもう決して犬は飼うまいと思った。”
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https://www.nikkei.com/article/DGKKZO27384020W8A220C1KNTP00/
家出をした犬 佐伯泰英